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最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1817号 判決

上告人

滑川市

右代表者市長

澤田寿朗

右訴訟代理人弁護士

藤井輝明

被上告人

新村仁一

右訴訟代理人弁護士

佐伯康博

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人藤井輝明の上告理由について

一  原審の確定した事実は、次のとおりである。(1) 第一審判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと新村甚吾(以下「甚吾」という。)の所有であり、農地であったが、上告人は、具体的な使用目的を定めないで、昭和三二年九月三〇日右土地を甚吾から買い受け、同三三年五月三〇日までに代金全額を同人に支払った。(2) 上告人は、本件土地一につき昭和三七年一月二五日受付で所有権移転仮登記を経由した。(3) 甚吾は昭和四六年五月二四日死亡し、被上告人が本件土地一を相続し、相続を原因とする所有権移転登記を経由した。(4) 上告人は、昭和六二年五月ころ本件土地一を中学校の敷地として使用することを確定した。(5) 被上告人は、本件土地一を占有している。

原審は、右事実関係の下において、次の理由により、被上告人が上告人に対して本件土地一の仮登記の抹消登記手続を求める請求は認容すべきであり、上告人が被上告人に対して本件土地一の所有権移転登記手続及びその明渡しを求める請求は棄却すべきであると判断した。すなわち、本件売買は農地法所定の富山県知事の許可が法定条件となっていたところ、上告人が被上告人に対して有していた同県知事に対する許可申請協力請求権は、本件売買の成立した昭和三二年九月三〇日から一〇年を経た同四二年九月三〇日の経過とともに(仮に、甚吾が同三七年一月二五日に本件土地一につき前記仮登記手続に応じていることを時効中断事由としての承認と解しても、それから一〇年を経た同四七年一月二五日の経過とともに)時効によって消滅し、これにより右法定条件が成就しないことに確定し、本件土地一の所有権は上告人に移転しないこととなった、というのである。

二  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

地方公共団体が、買主として、使用目的を定めないで農地の売買契約を締結した後に、当該農地を農地法五条一項四号、農地法施行規則七条六号所定の用途に供することを確定したときには、その時点において、売買は、都道府県知事の許可を経ないで効力を生ずるものと解するのが相当である。けだし、農地法が農地に係る権利の移転等について原則として都道府県知事の許可を要するとしながら、農地法施行規則七条六号に定める要件を備える場合に例外として許可を不要としたのは、公共の利益となる事業のための農地の利用に係る権利の移転等については規制をする必要がないと認められることによるものであって、同条六号に定める要件を具備するに至ったのが売買契約の成立後であったとしても、規制の必要性が認められないことに変わりはないからである。そして、農地の買主が売主に対して有する都道府県知事に対する許可申請協力請求権の時効による消滅の効果は、時効期間の経過後に売主が右請求権についての時効を援用したときに初めて確定的に生ずるものであるから(最高裁昭和五九年(オ)第二一一号同六一年三月一七日第二小法廷判決・民集四〇巻二号四二〇頁)、農地の買主が売主に対して有する都道府県知事に対する許可申請協力請求権の消滅時効期間が経過しても、その後に買主である地方公共団体が当該農地を農地法施行規則七条六号所定の用途に供することを確定した場合には、買主に所有権が移転し、その後にされた時効の援用は効力を生じないと解すべきである。

これを本件についてみるに、農地法五条一項四号、農地法施行規則七条六号によれば、市町村が学校教育法一条に規定する学校の敷地に供するため、その区域内にある農地を取得する場合には、農地法所定の都道府県知事の許可を要しないから、上告人が昭和六二年五月ころ本件土地一を中学校敷地として使用することを確定した後に、被上告人により本件許可申請協力請求権の消滅時効の援用がされたのであれば、本件売買は、右使用目的が確定した時点において当然に効力を生じ、被上告人は本件土地一の所有権を喪失するに至ったというべきであって、本件許可申請協力請求権の時効消滅は問題とする余地がないこととなる。

したがって、被上告人の消滅時効の援用と本件土地一の使用目的の確定の各時点の先後関係について審理判断しなかった原判決には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというべきであり、この違法をいう論旨は理由があるから、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高橋久子 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官大白勝)

上告代理人藤井輝明の上告理由

第一 総論

原判決は、理由不備と明らかに判決に影響を及ぼす法令違背の違法がある。

第二 理由不備

一 原判決は、上告人の主張の一部に対する判断をせず、理由不備の違法がある。(民事訴訟法第三九五条第一項第六号)

二 原判決は、上告人(被控訴人)の主張につき「本件契約に県知事の許可という停止条件が付されていたとしても、昭和四五年一〇月一日施行の農地法改正により、市が公共目的に使用する場合、県知事の許可が必要でなくなったのであり、本件土地一、二もそのような場合であり、同日、同条件は成就しており、被控訴人は、本件土地一、二の所有権を完全に取得した。したがって、もはや、農地法五条許可の申請協力請求権の時効消滅を主張できない」としている(原判決五丁表一行目ないし六行目)。

しかしながら、上告人は、「たとえ、売買契約に停止条件が付されていたとしても、農地法五条の許可が不要となったときに、同条件は成就したと考えるべきである」(平成三年二月六日付け準備書面四3)、「仮に代替地が公共用地に当たらないとしても、具体的な公共目的が定まったときに公共用地に当たることとなり、農地法の所要の許可が不要となり、私人に譲渡されるときのみ、農地法の所要の許可が必要となる」(平成三年二月六日付け準備書面五3)、「本件土地一は滑川中学校のインテリジェントスクール計画に伴う拡張のため同校の敷地とする計画であり、本件土地二は現に学校給食調理場の敷地となっているから、いずれも公共目的のために供される土地であり、所有権の移転等に当たって農地法上の許可は不要である」(平成三年四月二二日付け準備書面)と主張している。このように、上告人の主張は、本件売買契約に農地の権利移動等の制限に係る農地法上の所要の許可等という停止条件が付されていたとしても、市町村が将来において抽象的に公共の用に供するという目的をもって農地の売買契約を締結した場合において具体的に義務教育施設等の土地収用法第三条各号の施設の敷地に供する目的が確定したときは、具体的な使用目的が確定した時において農地法上の所要の許可等が不要とされると解すべきであり、そのような売買契約が昭和四五年の農地法の改正前に締結された場合であって具体的な使用目的が同法の改正後に確定したときも、別異に解する理由はなく、同一に解すべきであるというにある。

被上告人も、このように上告人の主張を理解したうえ、「被控訴人が主張するように、買収当時に公共目的がなくても後に右目的が発生すれば当然公共目的の買収になるのであれば」(平成三年四月一二日付け準備書面第一、一(一))とか「仮に百歩譲って、公共目的に使用する必要が生じた時期に富山県知事の許可が必要なくなるばあいがあるとしても」(平成三年四月一二日付け準備書面第一、一(三))などと反論している。

それにもかかわらず、原判決は、被上告人でさえ理解していた上告人の主張を正当に理解せず、上告人の主張が「本件契約に県知事の許可という停止条件が付されていたとしても、昭和四五年一〇月一日施行の農地法改正により、市が公共目的に使用する場合、県知事の許可が必要でなくなったのであり、本件土地一、二もそのような場合であり、同日、同条件は成就しており、被控訴人は、本件土地一、二の所有権を完全に取得した。したがって、もはや、農地法五条許可の申請協力請求権の時効消滅を主張できない」という趣旨であるとしたうえ、それに対応する判断のみをしているにすぎず、上告人の主張に対する判断を欠いている。

これは、理由不備の違法である。

なお、原判決は、「しかし、本件土地一については、同改正法令の施行時点でも、具体的に使用目的が確定しておらず、抽象的な公共目的にとどまっていたに過ぎないから、その時点ではまだ、改正法令でいう許可を要しない場合(制限列挙)に該当するに至っていたとはいえず、同改正法令の施行によって、直ちに、許可を要しない無条件の契約に転換したと解することはできない」としつつ、「同契約については、せいぜい具体的使用目的が確定した昭和六二年五月に、許可を要しない契約に転換する可能性しかないものである」と付言し(原判決九丁表末尾から一行目ないし同丁二行目)、上告人の主張を正当に理解していれば、判決の結果が逆転することを示唆しさえしている。

三 加えて、蛇足であるが、事実の主張立証は当事者の責任であるけれども、適用すべき法規の探索や解釈適用などは裁判所の職責であるから、上告人が「本件土地一は滑川中学校のインテリジェントスクール計画に伴う拡張のため同校の敷地とする計画である」という主張をし(平成三年四月二二日付け準備書面)、原判決においても、これに沿った事実認定がされている以上、たとえ法規の解釈適用につき上告人の指摘がなかったとしても、原判決は、具体的な公共的使用目的である滑川中学校のインテリジェントスクール計画が確定した時点において許可を要しない無条件の契約に転換したと解すべきであるかどうかという判断をしなければならず、このような点からも、原判決は、理由不備の違法(また、法令違背の違法)を免れない。

第三 法令違背

一 原判決は、明らかに判決に影響を及ぼす法令違背の違法がある。

二 すでに述べたように、原判決は、「市町村が将来において抽象的に公共の用に供するという目的をもって農地の売買契約を締結した場合においてその市町村の設置する中学校の敷地に供するという具体的な目的が確定したときは、その時において農地法上の所要の許可等が不要とされると解すべきであり、そのような売買契約が昭和四五年の農地法の改正前に締結された場合であって具体的な使用目的が同法の改正後に確定したときも同一である」という上告人の主張に対する判断を示していない。

仮に原判決に理由不備の違法がないとすれば、原審が理由の説示を欠いた理由は、このような上告人の主張を法規の解釈適用上失当であると判断したうえ、主張が失当であるという判断の理由さえ示す必要がないと認めたからであるおそれもある。

しかしながら、このような原判決の踏まえる法規の解釈適用は、明らかに判決に影響を及ぼす法令違背の違法がある。

三 農地法が農地の権利移動等につき制限を設ける趣旨は、権利移動の当事者間における私的利害の調整でなく、農地改革によって創出された自作農の制度を維持するという公共目的にあるから、そのような趣旨に反しない農地の権利移動等は、同法第三条第一項ただし書き、同法第四条第一項ただし書き、同法第五条第一項ただし書き、農地法施行規則第三条、同規則第五条、同規則第七条等にそれぞれ定められているとおり、農地法上の所要の許可等が不要とされている。

具体的には、市町村がその設置する中学校の敷地に供するため農地を取得する場合は、定型的に、農地法上の所要の許可等が不要とされ、当該売買契約は物権的にも債権的にも直ちに効力を生じる。

本件についてみれば、上告人が本件土地一につき所有権を取得する目的は、上告人の設置する滑川市立滑川中学校の拡張に伴って同校の敷地に供するためであるから、仮に本件売買契約が現時点において締結されたとすれば、農地法第五条第一項第四号、農地法施行規則第七条第六号、土地収用法第三条第二一号等によって、農地法上の所要の許可等が不要とされ、本件売買契約は物権的にも債権的にも直ちに効力を生じる。

さらに、市町村が将来において抽象的に公共の用に供するという目的をもって農地の売買契約を締結した場合において具体的に義務教育施設等の土地収用法第三条各号の施設の敷地に供する目的が確定したときは、趣旨において契約目的が一貫し同一性を保って存続していると言えるし、農地法が農地の権利移動等につき制限を設ける趣旨に反する結果ともならず、むしろ、不要な重複手続きも避けられるから、具体的な使用目的が確定した時において農地法上の所要の許可等が不要とされると解すべきであり、そのような売買契約が昭和四五年の農地法の改正前に締結された場合であって具体的な使用目的が同法の改正後に確定したときも、別異に解する理由はなく、同一に解すべきである。

原判決も、「(昭和四五年の)農地法改正前後を通じ、抽象的に公共の用に供するという趣旨において契約目的が一貫し、同一性を保って存続している場合において、具体的に使用目的が確定し、それが許可を要しない場合に該当するに至ったときは、同改正法令の施行によって、同契約は許可を要しない無条件の契約に転換すると解するのが相当である」(原判決八丁裏末尾から三行目ないし九丁表二行目)とし、売買契約が昭和四五年の農地法の改正前に締結された場合であって具体的な利用目的も同法の改正前に確定したときは、具体的な使用目的が確定した時において農地法上の所要の許可等が不要とされると解している。しかしながら、売買契約の締結と具体的使用目的の確定が昭和四五年の農地法の改正の前後にまたがったとしても、別異に解する理由はなく、原判決は理解に苦しむ。

また、最判昭和五三年二月一七日、最判昭和五三年九月七日、最判昭和五八年一一月一五日等によれば、農地を目的とする売買契約の締結後に農地が宅地化した場合には、その売買契約は知事の許可を要さず効力を生じるとされており、これらの判例の趣旨に照らしても、上告人の主張が正当である。

したがって、本件についてみれば、上告人が本件土地一につき本件売買契約を締結した目的は、原判決の認定に従っても、抽象的に公共の用に供するという趣旨であったし、昭和六二年五月頃滑川市立滑川中学校の拡張に伴って同校の敷地に供するという具体的な使用目的が確定したから、農地法第五条第一項第四号、農地法施行規則第七条第六号、土地収用法第三条第二一号等によって、農地法上の所要の許可等が不要とされ、本件売買契約は昭和六二年五月頃(停止条件が成就し無条件の契約となって)物権的にも債権的にも効力を生じている。

四 さらに、原判決は、時効の援用の効果について確定効果説をとって、「本件土地一、二とも、昭和四二年九月三〇日(或いは本件土地一につき昭和四七年一月二五日)の経過で、許可申請協力請求権は時効により消滅したというべきである。その後、農地法令が改正されているが、改正によって、許可を要しない状態になったからといって、一旦許可の申請協力請求権が時効により消滅し、所有権の取得しえないことに確定した契約が、法令の改正といった当事者の意思に基づかない理由で有効に転換すると解するのは相当でなく」(原判決一〇丁裏末尾から四行目ないし一一丁表三行目)等と判示し、停止条件説をとらなかった。

しかしながら、このような原判決は、「農地の売買に基づく県知事に対する所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効期間が経過してもその後に右農地が非農地化した場合には、買主に所有権が移転し、非農地化後にされた時効の援用は効力を生じない」とする最判昭和六一年三月一七日に反する違法がある。

本件についてみれば、最判昭和六一年三月一七日によって、原判決の認定に従っても、本件土地一の所有権は、滑川市立滑川中学校の拡張に伴って同校の敷地に供するという具体的な使用目的が確定した昭和六二年五月頃、上告人に対して移転しているから、たとえ被上告人がその後に農地の権利移動等に係る農地法上の許可等の申請協力請求権の消滅時効を援用したとしても、その効力は生じない。それにもかかわらず、原判決は、法令違背の誤りを犯し、不当な結論を導き出すに至った。

第四 付論〈省略〉

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